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種田山頭火を詠む

行乞流転の俳人－種田山頭火（たねださんとうか）

請われるままに酔余の間に筆をとった山頭火の遺墨には切ないばかりの求道の祈りが込められており、自ら清冽な感動が呼び起こされる。

明治１５年、山口県防府市に大地主の長男として生まれる。正一と名づけられた。
明治２５年、父竹治郎の放蕩を苦に母フサが井戸に投身自殺し、生涯にわたる心の痛手となった。
明治３７年、神経衰弱のため早稲田大学中退。
父とともに地所を処分して酒造業を営むが失敗して破産。
妻子とともに熊本で額縁店「雅楽多」を始めるが、酒に溺れる日々が続く。
弟二郎の自殺、祖母、父の相次ぐ死去にあって、虚無感に苛まれ、妻とも別れて単身上京。
関東大震災にあって熊本に再び帰るが、相変わらず放蕩無頼の日々を過ごす。
大正１３年、泥酔して市電の前に立ちはだかる事件を起こしたが、これを助けた報恩寺望月義庵和尚のもとに参禅。
大正１４年、４４歳で出家得度。翌年から行乞流転の旅に出た。
昭和１４年、体の不調を感じ、死に場所を求めて、松山の御幸寺門外に仮寓「一草庵」を得る。
昭和１５年５月、私家版句集７冊をまとめた単行本句集『草木塔』をもって、中国・九州の句友に１冊ずつ進呈して回る。
昭和１５年１０月１１日、脳溢血により念願であったコロリ往生を遂げた。享年５９歳であった。

何を求める　風の中ゆく
ある日の行乞記に次のようなくだりがあります。「歩かない日はさみしい　飲まない日はさみしい　作らない日はさみしい」このさみしさの因の詰まるところは、煩悩である。心身を悩ませ、悟りを妨げるはべての欲望。悲しいかな人間には、それらを切ることができない。山頭火も、しかりである。当時の日記に、以下の記述があります。「身辺整理、整理しても整理しきれないものがある。もう一度、行乞の旅に出なければなるまい」そうした逡巡の間にも、身辺整理を促すように風が吹く。その風に誘われるように戸外に出て風の中を歩くのだが、さて自分は何を求めてなのか、と自問する。すべてを捨てて整理しなければならないのに、ふと気がつけば何かを求めているという矛盾。果たして、煩悩である。皐月の風は、山頭火を誘う・・・。
水は流れる、雲は動いて止まない、風が吹けば木の葉が散る、魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥に似たり、二本の足よ、歩けるだけ歩け、行けるところまで行け
旅のあけくれ、かれに触れこれに触れて、うつりゆく心の影をありのままに写さう私の生涯の記録としてこの行乞記を作る。と続く日記の一文である。山頭火にとって自然の摂理とは、歩くこと、行くことである。
分け入っても　分け入って　青い山
この句の前書きには、「大正十五年四月、解くすべもない惑ひを背負うて、行乞流転の旅に出た」とある。俗世間からの煩悩を断つために出家得度したものの、ここでも安息は得られず、かえって解くすべもない惑いに苛まれるのである。そこで堂を捨て、当てどもないさすらいの旅に出て、九州山地に踏み入っての実景を詠んだものである。山は限りなく、青葉は生い茂っているという実景。心の惑いは無限に続き解くすべもない。広く世間に知られた山頭火の代表的名句である。

水音たえずして　御仏とあり
この句は、「永平寺三句」の第一句である。永平寺は、悠久の古さを誇っている。水音は、自然の流れで昔からのものである。御仏も開山以来幾百年も経ているものである。これら延々変わらぬものと居る自分はどうなのかという自問と自責。実は、この永平寺に辿り着くまでの七ヵ月間は、死場所を求めての旅であった。
濁れる水の　流れつつ澄む
山頭火の苦悩の因は、幼少のときに遭遇した母の自殺。のちに弟が自殺するのも、かっての家庭崩壊が遠因となる。俗世にある間、山頭火みずからも周期的なノイローゼに陥っている。これが彼のいう『濁』の部分で、いかに超克するかが人生の難問として課されていた。『濁』の実態は、具体的には酒を飲んで泥酔の果てに繰り広げる愚行である。山頭火は酒の上での失敗は数限りなかった。しかし、酒を飲まなかったらどうなっていたか。少なくとも酒によって死を回避したことは幾度かあったはずである。自殺するか酒を飲むか、彼は後者によって救われることもあったと言える。山頭火は、『澄』を求めて仏道修行を行う。山頭火の理想とする生き方は、雲の行くごとく水が流れるような雲水である。

このみちをたどるほかない　草のふかくも
たとえ道が険しくとも逃げることなく歩いて行くと開ける、と自らに戒めているのである。
山あれば　山を観る　雨の日は　雨を聴く　春夏秋冬　あしたもよろし　ゆうべもよろし
あるがまま、四季を通して、ただただ、自然を受け入れる山頭火である。森羅万象ことごとく美しい。
みんな芽ぶいた　空へあゆむ
春になり、すべてのものが空（そらへ）歩いて行く。ただ、山頭火だけは、空（くう）へと歩くのであろうか。

この道をゆく　この道をゆくよりほかない私である　それは苦しい　それは楽しい道である
山頭火自身が選んだ道である、見つけた道である。苦しい、楽しい道である。この道とは、煩悩を捨てて、雲水のように生きる道であろう。
窓あけて　窓いっぱいの春
ある春の日、春光が溢れるばかりに煌いている。この光景をどう表現しようかと・・・。春の麗らかさは漠然として掴めない。これを明確にするには限定して示すことになる。窓枠で仕切られた春光を句として詠んだのである。山頭火、旅立ちの一句でもある。

雨なれば　雨をあゆむ
行乞の勤めは、歩くことである。雨になれば雨の中を歩く。晴れであろうが、曇りであろうが、歩く。歩くということは、山頭火そのものである。そして、また、雨の中を歩く。
ころり寝ころべば　青空
大地を独り占めにして、生かされている命を感じる山頭火。自然と一体となり、何思う山頭火。
水に影ある　旅人である
水は鏡の役割もする。その鏡は姿も心も映し出す。山頭火は、捨身懸命の旅の途上に、水を飲もうとしたのだろう。そして、日本の山河で飲む水のうまさ、ありがたさは何物にも代えがたい、と強調している。そんなある日、水に映った自分の姿をまじまじと見たのであろう。旅人とはかくあるものという観念上の姿があって、それを自分の姿に重ね合わせようとしていたのである。
今日一日の　おだやかに落ちる日
果たして山頭火のおだやかに落ちる日とは、一切の煩悩が過ぎることのない日なのか、はたまた、逆に思い切り俗世間に関った日なのか。
けふもいちにち　風をあるいてきた
吹く風には閉口したが、行乞相は風のごとくにこだわりのないものだった。その二つの風が相まって、「風を歩いてきた」の表現になる。さて、山頭火において『風』とは何か？「本来空、畢竟空である、空即空、色即色だ。この事実が観念としてでなく体験として滲みだした。執着を去れ、自らごまかすな、我を捨ててしまへ、気取るな」「風の、己の、その声を聴く」などの表現となっているのを散見できる。